火曜日の悪夢
その日、彼女の朝は最悪であった。寝坊をしたうえに、これ以上ないと言えるほど……とまでは行かないが、寝癖がひどくついていたからだ。
長さ的にはセミロングというべきだろうか、この長さを体験したことがあれば容易に共感できる程度の寝癖。
普段通りであれば難なく直して出勤の準備も可能だった。が、寝坊をしているのでそんな時間は皆無に等しい。髪を纏めてごまかすのが一番手っ取り早い、そう判断した。
元々几帳面という言葉とは縁の無い人間、多少毛先が暴れていたとしても気にも留めなかった。
思えば麻の寝癖から今日一日の歯車の絡み先は決まっていたのだろう。
事が起こったのは昼を過ぎてすぐだった―――。
溜まったビデオテープは50本。次の過程へ引き継ぐために移動させる必要が生じた。
昨日は問題なかった、先週もしかり。当然のように今日だけ問題が起こるとは微塵にも思うわけがない。
50本のそれが入っている、奥に長い長方形の段ボール箱を棚から引き出した。半分ほど引き出したところで左腕を奥へ差し込み持ち上げようとする。その時の体制が悪かったのだ。
足は棚に対して平行。上半身は棚に対して垂直の状態となる。彼女は自分の体を過信していた。いや、過信しすぎていた。箱を持ち上げようと力を入れた瞬間。
『くきっ』
―――腰が、しゃべった……!?
何を言っているのか解らないと思うが、彼女も何をされたのか解らなかった。
しかし確実に腰は『言った』のだ。『くきっ』と……。
その後彼女の腰は言葉を発することはなかった。ただジワジワと鈍痛を発信するのみ。あの声は彼女の空耳だったのか、それとも本当に腰がしゃべったのか。